2010年1月25日
木造住宅はダメ!鉄骨がいい。コンクリートがいい。2×4がいい・・・と。
震災後2、3ヶ月もすると、神戸は、再建一色になりました。計画的にご新築をお考えでなかったお客様がほとんどでしたので、そういう勉強不足の方々にたいして、住宅各社は言いたい放題です。言葉は悪いですが、それぞれ、「目くそ耳くそ」に相当します。どのようは家が地震で倒壊したのか?またしなかったのか?そんな分析もせず、また現場に足も運ばず、ひたすら他社の悪口&自社のメリットばかり訴えている営業マン。
なぜそんなに他社批判ばかりをするのか? 要は、各社そんなに大差がないからなのです。 確かに特長はあるのですが、普通に住む上で、そんなに大差はありません。(このことは、現在も大手住宅メーカーの実情として、引き続き現れています。必死に特長をつくって差別化を図ろうとしています。・・・そんなことより、もっと大手としてやるべきことがあるのですが・・・)
震災後の私の営業スタイルは、至ってシンプル。「地盤調査をやって、軟弱地盤に対しては、しっかり補強をし、建築確認申請通りにちゃんと家を建てれば、そう簡単に家なんて潰れるものではありまん。」と。特に木造住宅の品質が悪いわけではなく、もともとシロアリ被害などで老朽化した木造住宅が地震の影響で倒壊してしまった数が多かっただけです!と、鉄骨系住宅のメーカーにいた私が説明していたのです。 お客様によれば、優秀な1社を選びに総合住宅展示場へお越しになられている訳ですので、欲求不満でお帰りになられる方もいらしたことでしょうが、自分が見て感じた実情を素直に正直にお話をしました。
一番ショックだったのは、ポツポツと家が建ち始めてきた時、通勤で車窓から見る景色が、「ほとんどグレー 一色」だったことです。屋根は軽いスレート瓦、壁は工場製造のサイディング壁。そのほとんどがグレー色。震災後だったので華美な外観をお客様が避けていたこともありますが、どちらかと言うと、当時、グレー色基調で販売していた プレハブメーカーの建物がたくさん建ったことによる現象でした。
私も鉄骨系プレハブメーカーにいましたので偉そうなことは言えませんが、本社は、「なんでもっと明るい色のサイディングを出してくれないのか」とよく思ったものです。(でも、ほとんどの営業マンは、そんななかでも平気でしたが・・・。)
震災後のような、普段とは違う状況の中で家選びをすることは、日本人の感覚とすれば、「大きいものが安心!」という志向に流れる傾向があります。 つまり大手住宅メーカー志向。 それは、ある一面では、必ずしも間違っていないのですが、「おもしろく ないなあー!」と私などは、思ってしまいます。 性格がひねくれているせいでもあるのでしょうが、何しろ面白くないです。
つづきは、またの機会に・・・!
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2010年1月20日
今の時期になって、敢えて15年前の過去のことを暴露する必要もないのですが、
あまりにも理不尽なセールスをしていた会社が何社かあり、今もその傾向があまり
変わっていない様にも思います。
例えば、S不動産(2×4住宅)などは、地震で外壁がくの字に折れ曲がって、
サッシが外れてしまったにも関わらず、1ヵ月後に補修工事を完了して、住宅展示場
を再開した時は、「このモデルハウスは、震災後一切、手を加えていません。」と
堂々と玄関先に張り紙を出しているのです・・・。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことを言うのだと思いました。
この事例が一番ひどかったのですが、大手の住宅会社は、多かれ少なかれ
そのようなことをやってましたね。
私がいたP社の神戸支店では、「隣の家が地震で倒壊しているので、うちの家と
比較して写真を撮って、今後の営業活動に活かしてみては?」とのお電話が
OB施主様より入りました。支店長指示で営業のS君がその現場写真を撮りに
行ったのですが、案の定、そのOB施主様は、金銭を要求してこられました。
私は、当初からこのやり方には反対でしたが、支店長の指示でしたので黙認
していました。
その方からまたお電話があった時に、たまたま私が電話をとってしまいました。
~最悪っと思いつつ、「写真は処分しますので、もう電話を掛けて欲しくない。」と
いう旨をお伝えしましたが、電話口の向こうでワーワーおっしゃるだけで、
取り合ってくれません。最後に一言、「被災して皆さんが苦しんでおられるのに、
あなたは、そのような行為をして恥ずかしくないのですか!」と申し上げました
ところ、逆上されてお電話をお切りになられました。
後味の悪いことをしてしまいましたが、実は、恥ずべきは、そのような方の口車に
のって、儲け話をしようとした当時の会社自身にあったのです。
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2010年1月16日
突き上げるような、たて揺れ。しばらくすると、グルグルとかき回されるように揺れる家。今でもあの時の恐怖は、忘れられません。
”ドーン!”とたて揺れが来た瞬間、横で寝ていた子供達の上に覆い被さっていました・・・まずは、子供たちを守らねばと・・・。一瞬の判断ですが、本能的にそうしてしまったようです。
幸い、食器棚が倒れて、食器類が割れたくらいで、ピアノが50センチほど動いていましたが、特段に被害は無かったようでした。周辺の家もそれほど目立った被害は無かったのですが、崖地(斜面に近い場所)に近いお家は、地すべりが発生して、何軒かの家は傾いていました。
自宅は、神戸市東灘区の山手ですが、家の近くには「渦森断層」という活断層が走っており、記念碑のようなものもあります。その断層に沿って、西に隣接する小学校の校庭には、東西に亀裂が入りました。東に隣接するNHKの社宅は、被害が大きかったようで、1年後に取り壊されました。(今では、そこの跡地に建売住宅が建っていますが。)
地震は、自然現象なので、その発生を防いだり、事前に察知することは、なかなか難しいと思われますが、その被害を最小限に抑えることは、可能だと思います(地震は、人間の念波によって、その発生を防ぐことが出来るとも言われますが・・・ここで詳しくは割愛します)。
これからの何回かは、当時のことを振り返って、今となっては、滑稽は出来事や、今でもまだ変わらない住宅業界や人心の未熟さ(
敢えてそう表現します)などについて、お話出来ればと思います。
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